飯森範親[監修] 『マエストロ、それはムリですよ・・・』
「山形交響楽団」(通称「山響」)は、村山市出身の指揮者・村川千秋が「山形にプロのオーケストラを」と呼びかけたところから始まり、一九七二年に正式に結成され、東北初のプロオーケストラとして活動を開始した。
「山響」と聞いて、何を思い浮かべるだろうか。発足当初は、演奏レベルが低い、編成が小さい、楽団名の「山形」が田舎臭い等、偏ったイメージが先行。では実際はと言うと、残念ながら、演奏の出来にかなり波があり、評判は決してよくはなかった。
本書は、そんな山響が、指揮者として国内外で活躍していた飯森範親を二〇〇四年に常任指揮者に迎え、劇的に変わっていく様子を、数多くのエピソードを交えて描いたものだ。
飯森は、山響の常任指揮者を引き受けるにあたり「条件」を出す。何度か山響と接してきて気づいたのは、演奏のクオリティが高く可能性を秘めてはいるものの、コンプレックスを引きずったような態度や、プロオーケストラならできて当然のことができていないために、正当な評価が得られていないということだった。そこで飯森は、山響を「普通」のプロオーケストラに戻すべく問題点を指摘し始める。それが改善されたらまた次の指摘と、繰り返したその数は五〇にものぼった。それだけ山響には、改善しなければならない点が数多くあったのだ。
就任する以上、最低でも数年のうちに評価が変わり、全国的に認められるオーケストラにならなければ意味がない。そう言い切るだけあって、聴衆や評論家たちの評価がみるみる上がっていく。「何事もプラス思考で失敗を恐れずとにかく実行へ移してみる」という飯森のアプローチ方法が、成果へとつながっていく。だがそれは、決して飯森一人だけの力ではない。山響を構成する一人ひとりが意識をもち、一体となれたからこそ、これだけよい評価が得られるようになったのだろう。
近年では、映画『おくりびと』出演やTVドラマ『のだめカンタービレ』指揮指導など、活躍の場面も多面化している。進化し続ける山響のゆくえをこれからも見届けていってほしい。
評: 亀山勇樹(寒河江市)
by plathome04
| 2010-01-03 23:36
| ヤマガタの芸術・文化
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