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山形出身/在住の文化人や作家の作品、山形にまつわる著作を紹介する企画です。
by plathome04

カテゴリ:ヤマガタの文学

  • ヒーローたちの荒野
    [ 2010-01-16 22:08 ]
  • 加藤典洋 『文学地図』
    [ 2010-01-06 21:08 ]
  • 奥泉光 『神器』
    [ 2009-12-31 15:30 ]
  • 柚月裕子 『臨床真理』
    [ 2009-12-29 21:01 ]
  • 彩坂美月 『未成年儀式』
    [ 2009-12-15 02:52 ]
  • 長岡弘樹 『傍聞き』
    [ 2009-12-03 01:27 ]
  • 深水黎一郎 『トスカの接吻』
    [ 2009-08-26 21:12 ]
  • 阿部和重 『シンセミア』
    [ 2009-08-24 10:20 ]

ヒーローたちの荒野

ヒーローたちの荒野

池上 冬樹 / 本の雑誌社


ハードボイルドという、ミステリ小説のサブジャンルがある。一般に「退廃的な大都会を舞台に、クールでタフな私立探偵(トレンチコート着用)の活躍を、感情表現を抑制した客観的で簡潔な文体で描写した小説」というイメージだが、そうした定型におさまることなく、ジャンル発祥の地であるアメリカの趨勢と共に、現代ハードボイルドは変容と多様化を続けている。一方で、ダシール・ハメットやレイモンド・チャンドラー、ロス・マクドナルドといった巨匠たちの古典も、いまだ汲めども尽きぬ魅力を放っている。

ハードボイルドの魅力とは、ヒーローの魅力だ。物語中の主人公のある決断、ひとつの台詞がどれだけ読者の心を打つか。脇役も舞台設定も、ミステリとしてのプロットも、つまり小説全体がそのために機能する。ハードボイルドとはヒーロー物語だ。

月刊『本の雑誌』(本の雑誌社)の長期連載で、そんなヒーロー物語としてのハードボイルドについて考察を続けているのが、山形市出身・在住のミステリ評論家、池上冬樹だ。連載と同タイトルの本書は、その一九九一~二〇〇二年の掲載分を収録したもの。十年以上にわたるヒーロー像変遷の記録としても意義深い。

そのときどきの新作・話題作を中心に、著者が気になった作品を自由に取り上げ、共通項を持った他作品(巨匠による古典、同時代の他作家の作品、同じ作者の過去作)との対比によってその魅力(あるいは問題点)を明確化し、抽出する。ハードボイルドの精髄を見極めようとする著者の眼は、国内の有名作家に対しても容赦がない。

著者は、山形で評論活動をするということについて、こんなコメントをしている。「山形に戻ってきて、結果的によかったと思ってる。評論活動って作家と仲良くなってしまうと甘くなってしまうからね。辛口の書評を書けたのも田舎にいて作家の顔が見えないからで、本当にいいか悪いかだけの判断で書いた」(さくらんぼテレビHP内「小説家になりま専科」より)。

書評家としての著者自身が見事にハードボイルドなのだ。

評: 大場淳一(長井市)
by plathome04 | 2010-01-16 22:08 | ヤマガタの文学

加藤典洋 『文学地図』

文学地図 大江と村上と二十年 (朝日選書)

加藤 典洋 / 朝日新聞出版


文学作品を読む面白さはどこにあるか。文字を追いながら、著者の思考と自分の思考を比較すること、著者の語りに身を任せること、著者の世界観に飛び込むこと――こうした「主観的な楽しみかた」がある一方、著者のレトリックは読者をどこに連れて行こうとしているのか、他のものにはないこの小説固有の優れている(あるいは欠けている)点はどこか、そしてその根拠は何であるか、などを考察していくような「俯瞰的な楽しみかた」があると筆者は考える。

本書は、一九八九年から二〇〇八年までの二〇年間、批評家の著者(山形市出身)によって『朝日新聞』に連載されてきた文芸時評と、それに連動する形で書かれた近年の文芸評論三編をおさめたもの。「文芸時評」と「文芸評論」という二つの異なるタイプの仕事を一冊にしたのは、サブタイトルにもある通り、この二〇年の文学状況が著者の重視する二人の小説家「大江健三郎から村上春樹へ」という枠組で括れると考えたからである。さまざまな作家について論じる際も、「大江か村上か」ではなく「大江と村上」という捉えかたこそが重要、と著者は語る。先に述べた「俯瞰的な楽しみかた」をより深めてくれる一冊だ。

さまざまなジャンルの作品を、多角的な視点で捉えることが求められる批評家にだって、当然好き嫌いはあるだろう。しかし、「この作品は面白くないし、嫌いです」では何の生産性もない。本書において著者は、とある小説――褒めるべきところが見つからない――を挙げ、「人の読む小説を書くにはそれなりの創意と汗が必要だが、誰も読まない小説を書くにも同量の創意と汗は求められている」と、たっぷりと皮肉を込めながらも、著者なりの評価を与えている。この「どんな駄作でも優れた点はある」という構えこそ、私たちが「文芸評論に触れる」ことから学ぶべき――それは他者との関係をつくるに際し全般的に応用可能な――ことなのではないだろうか。

この「文学地図」を手に、より豊かな「作品の読みかた」を探しに出かけよう。

評: 松井 愛(山形市)
by plathome04 | 2010-01-06 21:08 | ヤマガタの文学

奥泉光 『神器』

神器〈上〉―軍艦「橿原」殺人事件

奥泉 光 / 新潮社


神器〈下〉―軍艦「橿原」殺人事件

奥泉 光 / 新潮社


昭和二〇年の大戦下、「橿原(カシハラ)」という架空の軽巡洋艦を舞台に、探偵小説好きの上等水兵が殺人事件を解決する推理小説、みたいなものを想像していたら、いい意味で見事に裏切られた。軍記、ミステリ、SFがミックスされた、読破した人にしかわからない、何とも多様で多層的な長編文学である。著者は三川町出身。

描かれているのは、敗色濃厚になった一九四五年の春。しかし、軽巡洋艦という閉塞した空間に、戦後から現代に続く世界、そしてフィクションならではの異次元の世界までもがつくりこまれている。

殺人か自殺か――船内で続く変死事件。読み進めても、謎は深まるばかりである。天皇は「橿原」に乗船しているのか、そのことは何を意味しているのか。大量のネズミの発生。ネズミは現代と異次元の世界にも通じているようだ。そのうち戦死者たちの亡霊が無数に出現する。そもそも船内に存在するらしき「神器」とは皇室の三種の神器なのか、キリスト磔刑に使われたロンギヌスの聖槍なのか。最終的に彼らが向かう「タカマガハラ」とは何処を指すのか。時折語られる偽天皇説や靖国への疑問符が、文中どのようにつながっていくのか。憶測が憶測を呼び、「橿原」の兵士たちと私たち読者は、ともに錯乱状態に陥る。

何が真実で何がフィクションなのかもはや区別もつかず、「戦争」の名のもとに狂気にのみ込まれていく兵士たちと、戦死者たちの悲痛な叫び、戦争責任への問いかけ等には妙なリアリティがある。太平洋戦争とは何だったのか。そして私たちの生きる現代は「戦争」をどのように捉えることができるのか。

「橿原」に与えられた究極の極秘任務に最後まで引っ張られ、納得しようがしまいが、加速度を上げて物語は終結する。最後まで謎めいているが、それはそれでよかったようにも思え、読後達成感が得られると同時に、この謎に満ちた「橿原」ワールドに恐れ多くももう一度足を踏み入れたくもなる。さらにまた、謎は深まるばかりかもしれないが。

評: 小林みずほ(山形市)
by plathome04 | 2009-12-31 15:30 | ヤマガタの文学

柚月裕子 『臨床真理』

臨床真理 (このミス大賞受賞作)

柚月 裕子 / 宝島社


著者は、山形市在住のフリーライター。本書は「第七回『このミステリーがすごい!』大賞」において大賞を受賞したミステリー小説である。言うまでもないことだが、「臨床真理」とは「臨床心理」のもじりであり、事件の真相を解明していくミステリー小説のプロセスと、心の深層を探っていくカウンセリングのプロセスとが重なり合って進行していく点に、構成の妙がある。

主人公は新米の臨床心理士・佐久間美帆。彼女は自らが務める病院で、ある福祉施設に入所していた青年・藤木司を担当することになる。美帆のみならず誰にも心を開こうとしない司の心中にあるのは、同じ施設にいた少女・彩の死。自殺として処理されていた彼女の死であったが、司は「自殺ではなく他殺、しかも殺したのは施設長の安藤だ」と主張する。根拠は司がもつ特殊な能力にあるという。それは「相手の言葉からその感情を色として認識できる」共感覚と呼ばれる能力だった。彼とその能力を信じたい美帆は、かつての同級生で現在は警察官である栗原の協力により、事件の真相に迫っていくのだが…。

どこかで他人の心を理解することなど不可能という思いがある一方、司の心の真相=深層を知りたいと苦悩し奮闘する美帆。他人を威嚇し拒んでいるようで、心の奥底では理解してほしいと願っている司。そんな二人が、徐々に心を通わせ、姉弟のような関係になっていく。その過程が印象的だ。

知的障害者の養護施設での、失語症の少女の死から見えてきた事件。その事件を追うきっかけとなる、司の共感覚。その共感覚なる能力についてあまり深く触れられていないという残念さはあるが、スピード感と吸引力のある文章で一気に読めてしまう。ラストに近づくにつれて醜悪な事実が明らかになり、目を背けてしまいたくなる描写もあるが、人とのつながりの中で成長していく美帆や、苦しみながらも徐々に心を開き未来に向かって歩み出す司の姿が救いだ。著者が描きたいという「人間」の内面、苦しみや思いを見つめてほしい。

評: 鬼島史織(山形市)
by plathome04 | 2009-12-29 21:01 | ヤマガタの文学

彩坂美月 『未成年儀式』

未成年儀式 (Style‐F)

彩坂 美月 / 富士見書房


その災厄は突然に訪れる。夏休みの間、帰省せずに街から離れた山あいの女子寮で過ごすことになった数名の光陵学園の女生徒たち。突然に大地は揺れ、建物が軋みをあげ、次々と容赦なく襲い来る恐怖。不安と焦燥が支配する絶望の中、彼女ら自身の内なる闇をも揺さぶり、さらに混迷は加速していく。世界の、そして少女たちの輝く未来はここで終わってしまうのか。極限の中で七人の少女たちは…。

「第七回 富士見ヤングミステリー大賞」準入選作。そこで「新しい青春小説」と評価されたように、実質はミステリーより青春小説に近い。

奥附にひっそり記載してあるだけなので、一見しては目立たないものの、本書は富士見書房のライトノベルレーベル「Style‐F」での刊行。そもそもライトノベルとは何か。広義には各出版社にある中高生向け小説(主に文庫)の総称で、マンガやアニメ、ゲーム等と並ぶ、オタクマーケットを形成する人気ジャンルの一つ。キャラクター小説の意味合いが強いが、明確な定義づけや線引きはされていない。

そういった部分を考慮して本書を読むと、意外な面白味があることに気づく。ミステリー作品賞に応募して、そこで青春小説として評価され、結果ライトノベルとして出版されるという、多数のジャンルを跨ぐ不思議な経緯を辿った作品なのだ。

とは言うものの、ミステリー要素はとってつけた感があるし、青春小説としては人物造形があまりにも記号的。世界の破滅を願うゴスロリ風少女を始め、七人の少女のたちはまるで美少女ゲームのキャラクターのようである。

しかし、災害に見舞われるというシチュエーションと相まって、そういった多くの要素を一気に読ませる勢いと熱がある。天童市出身の著者は本書がデビュー作という。新人作家らしい未完成さだが、それは、少女時代の未成熟さを描いた本作のテーマともリンクし、相乗効果を生み出している。

全てにおいて中途半端と批判することは容易だが、偶発的に生み出されたそのカオスな雰囲気こそ、むしろ本書の積極的な魅力と言えるだろう。

評: 矢萩竜一(天童市)
by plathome04 | 2009-12-15 02:52 | ヤマガタの文学

長岡弘樹 『傍聞き』

傍聞き

長岡 弘樹 / 双葉社


主人公の羽角啓子は刑事課の強行犯係主任。夫を先に亡くし、小学六年生の娘・菜月と二人暮らしだったが、激務に追われ、些細な感情のすれ違いを生んでいた。時に娘は口をつぐみ、直接会話するのではなく、葉書に自分の気持ちを書き、わざわざ投函して母親へ送りつけるという手の込んだ手段をとり、母親を困らせる。

そんな状況の中、羽角家のすぐ裏手の家で窃盗事件が発生。被害者とはご近所で世話になっている間柄。気にはかかるものの、担当の違いから、自分が直接関わることはできない。

刑事としての仕事、娘との親子関係など、いくつもの問題を抱える啓子だったが、物語はそれぞれが複雑に絡まり、意外な展開へとつながっていく。

山形市出身の著者は、上記の「傍聞き」で「二〇〇八年度・日本推理作家協会賞 短編部門」を受賞。本書はそれを含めた短編四作収録のミステリー短編集である。

デビュー作の短編集『陽だまりの偽り』(双葉社 二〇〇五)も含め、著者の作風としては、大がかりな事件ではなく、日常の中でふと目にした不思議な現象などを端緒に、物語の進行とともに、その理由・真相が解き明かされていくものが多数を占める。本作でも主人公が刑事でありながら、ありきたりの事件解決物語になっていない辺りが特徴的だ。短編であることも含めそうした作風はミステリーファンでなくとも非常に親しみやすい。

タイトルの「傍聞き」という耳慣れない単語。それは「誰かの言葉を漏れ聞くこと」を言う。直接向けられた言葉よりも、誰かに向けられた言葉を漏れ聞く方がその言葉を素直に信じてしまいやすいとの効果があり、それがこの物語の鍵にもなる。なるほど、何気なく耳にしたものをつい鵜呑みにしてしまうことは多々ある。何しろ本人に確かめようがないのだから。

ならば同業者や批評家をも唸らせ、絶賛される本書の評価にも、どこかで傍聞きの効果が生まれているのかもしれない。百聞は一見に如かず。本書を手に取ってその真相を確かめみてはいかがだろう。

評: 矢萩竜一(天童市)
by plathome04 | 2009-12-03 01:27 | ヤマガタの文学

深水黎一郎 『トスカの接吻』

トスカの接吻 オペラ・ミステリオーザ (講談社ノベルス)

深水 黎一郎 / 講談社


一九六三年・山形市生まれの著者は、森博嗣や乾くるみ、舞城王太郎など多くの人気ミステリ作家を輩出してきた講談社メフィスト賞の第三六回受賞者として、二〇〇七年にデビュー。第二作『エコール・ド・パリ殺人事件』で、オーソドックスかつ端正な本格ミステリとしての物語構造に、著者一流の芸術論を融合させる作風を確立。その高い完成度で、俄かに本格ミステリ界期待の新進作家として注目されることとなった。本書は『エコール・ド・パリ殺人事件』に引き続き、芸術フリークの青年・神泉寺瞬一郎が活躍する〈芸術探偵シリーズ〉第二弾。

プッチーニ作曲の歌劇『トスカ』の第二幕終盤。ヒロイン・トスカ役の中里可奈子は、過剰なまでにリアリティを追求する天才演出家・郷田薫の指示に従い、悪役スカルピアを演じる磯部太の首筋に思い切りナイフを突き立てる。しかし刃が引っ込む小道具のナイフは本物にすり替えられていた! 自らは手を汚さず衆人環視の舞台上で殺人を成功させた犯人は誰か? 捜査が難航する一方、事件に抗して郷田は画期的な新演出による『トスカ』の公演を予告。だが直後に第二の殺人が…。

トリックに派手さはないが、フェアに手がかりを配しながら読者の目を真相からそらす巧妙なミスディレクションと丁寧な伏線回収に唸らせられる。さらに事件の謎解きにリンクして、本作では現代のオペラにおける演出の重要性に焦点が当たる。そこで提示される〈テキストの読み替え〉という概念が、その後の物語展開を牽引すると共に本作全体の大きなテーマとなっていく。本シリーズの根幹である、本格ミステリと芸術論の互いの魅力を増幅しあうクロスオーバーが、ここでも見事に果たされている。作中披露され、事件の重要な鍵ともなる『トスカ』の新解釈は、古典オペラの本格ミステリ的読解として説得性があり、それ自体非常に魅力的だ。本書を読んだ誰もがこの新解釈による『トスカ』の上演を観てみたいと思うだろう。 

評: 大場淳一(長井市)
by plathome04 | 2009-08-26 21:12 | ヤマガタの文学

阿部和重 『シンセミア』

シンセミア(上)

阿部 和重 / 朝日新聞社


シンセミア(下)

阿部 和重 / 朝日新聞社


20世紀最後の夏、東北の田舎町「東根市神町」で発生した「自殺・事故死・行方不明」事件。それらを皮切りに「神の町」とその民に降りかかるさまざまな災厄や怨念や陰謀や暴力が複数の視点――登場人物は何と60名以上(!)――から、執拗かつ周到に描かれる。

物語の舞台装置「神町」のモデルである実在の神町とは、著者の阿部自身の古里であり、陸上自衛隊第六師団の駐屯地の位置する町。かつて終戦直後は、米軍のキャンプ地が存在した町だ。占領下の神町では、米兵相手の売春などが横行し、過度の風紀紊乱が見られたという。「パンパンの町」、それが当時の町の姿だった。そんな時代にあって、米軍の存在を後ろ盾に町の権力を掌握するにいたったのが、町で唯一のパン屋・田宮家である。物語は、戦後から現在にいたる田宮家の興隆/没落の過程を縦軸、親子それぞれのライバルたちとの抗争の過程を横軸に進んでいく。その意味で、物語の深層にあるのは「神町」そのもの、「神町の歴史」そのものであると言えるだろう――もちろん「神町」とは「戦後日本」の隠喩である。

本書においてとりわけ印象的なのが、著者の「まなざし」の過剰さだ。言い換えればそれは、隠されたものを探り当て、覗き見し、暴き出し、白日の下に曝け出すことへの執拗なこだわりとでも言えるもの。そうした過剰なエクリチュールがはらむ暴力性は、作中の登場人物たちが「盗撮」や「監視」や「情報管理」によってミクロな権力を獲得し構築していく過程の暴力性と奇妙にシンクロする。物語が一巡するごとに暴き出される、登場人物たちの新たな「陰部」。そして気がつけば、そうした物語の力に感応して、さらなる「陰部」を求めて「観ること」へと過剰に動機づけられてしまっている自分がいる。こうして、私たちはふいに気づかされることになる。自らの内部に深く沈潜する暗い情念や暴力性に。つくづく思う、これは危険な物語だ。

評: 滝口克典(東根市)
by plathome04 | 2009-08-24 10:20 | ヤマガタの文学
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