長岡弘樹 『傍聞き』
主人公の羽角啓子は刑事課の強行犯係主任。夫を先に亡くし、小学六年生の娘・菜月と二人暮らしだったが、激務に追われ、些細な感情のすれ違いを生んでいた。時に娘は口をつぐみ、直接会話するのではなく、葉書に自分の気持ちを書き、わざわざ投函して母親へ送りつけるという手の込んだ手段をとり、母親を困らせる。
そんな状況の中、羽角家のすぐ裏手の家で窃盗事件が発生。被害者とはご近所で世話になっている間柄。気にはかかるものの、担当の違いから、自分が直接関わることはできない。
刑事としての仕事、娘との親子関係など、いくつもの問題を抱える啓子だったが、物語はそれぞれが複雑に絡まり、意外な展開へとつながっていく。
山形市出身の著者は、上記の「傍聞き」で「二〇〇八年度・日本推理作家協会賞 短編部門」を受賞。本書はそれを含めた短編四作収録のミステリー短編集である。
デビュー作の短編集『陽だまりの偽り』(双葉社 二〇〇五)も含め、著者の作風としては、大がかりな事件ではなく、日常の中でふと目にした不思議な現象などを端緒に、物語の進行とともに、その理由・真相が解き明かされていくものが多数を占める。本作でも主人公が刑事でありながら、ありきたりの事件解決物語になっていない辺りが特徴的だ。短編であることも含めそうした作風はミステリーファンでなくとも非常に親しみやすい。
タイトルの「傍聞き」という耳慣れない単語。それは「誰かの言葉を漏れ聞くこと」を言う。直接向けられた言葉よりも、誰かに向けられた言葉を漏れ聞く方がその言葉を素直に信じてしまいやすいとの効果があり、それがこの物語の鍵にもなる。なるほど、何気なく耳にしたものをつい鵜呑みにしてしまうことは多々ある。何しろ本人に確かめようがないのだから。
ならば同業者や批評家をも唸らせ、絶賛される本書の評価にも、どこかで傍聞きの効果が生まれているのかもしれない。百聞は一見に如かず。本書を手に取ってその真相を確かめみてはいかがだろう。
評: 矢萩竜一(天童市)
by plathome04
| 2009-12-03 01:27
| ヤマガタの文学
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